ポイント解説小倉百人一首の豆知識

point-1「小倉百人一首」が生まれた経緯

「小倉百人一首(おぐらひゃくにんいっしゅ)」は、今から1400年前の飛鳥時代の人物から、800年前の鎌倉時代の人物までが選ばれています。

天皇や皇族、大臣といった、その当時の高い地位にあった人物から、いまでいうサラリーマンやOLのようないわば中流の立場の人物、社会的には地位の無いお坊さんまで多種多様です。

といっても、昔のひとは、現代のように全員が読み書きができたわけではないので、和歌を詠んでいる=それなりの教養を受けた人物、ということになります。

「小倉百人一首」を選んだのは、藤原定家(ふじわらのさだいえ、俗に「ていか」と音読されます)という人です。

定家は鎌倉時代の貴族でした。貴族ですから、天皇にお仕えしていて、最後は権中納言(ごんちゅうなごん)という貴族のなかでは、まあまあ真ん中くらいの地位まで出世したひとです。歌を詠むのがとても上手でした。

定家の歌友達に、宇都宮蓮生(うつのみやれんしょう)というひとがいました。

蓮生は、定家の息子に自分の娘を嫁がせるほど、定家と仲がよかったのですが、現在の京都嵯峨野の近くの小倉山に別荘を建てました。そして、その別荘の襖(ふすま)の飾りに、百人の和歌をひとり一首ずつ選んで欲しいと、定家に頼みました。こうして選ばれたのが、いまに伝わる百人一首です。小倉山の別荘のために選んだ、ということで、「小倉百人一首」と呼ばれているのです。

600年もの時代のなかから選ばれた百首は、どのような歌だったのでしょう?

そして、百人の詠み人はどのようなひとたちだったのでしょう?
さあ、百人一首の世界へ、入っていきましょう。


TOPPAGE  TOP