解説後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)

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第91番
後京極摂政前太政大臣
(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む

☆ きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ
★ きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねん


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 こおろぎ(きりぎりすはこおろぎの古名)がしきりに鳴いている、この霜の降りた寒い夜のなか、寒々とした筵(むしろ)に、衣を着たまま片袖だけ敷いて、わたしはひとり寂しく寝るんだなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  時の最高位にある良経が、筵のうえで寝るということはないので、これは古歌を受けて詠まれた和歌です。本歌は、『伊勢物語』の「さむしろに 衣かたしき 今宵もや 恋しき人に あはでのみ寝む(寒々とした筵に、衣を着たまま片袖を敷いて、今夜もまた恋しいあなたに逢わないで寝るのだなぁ)」と、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の第3番、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む(山鳥の長く垂れ下がっている尾のように長い長い夜を愛するひとと離ればなれになって、ひとり寂しく寝るのだろうなぁ)」の二首です。良経の和歌の教養の深さと、体験していない世界を詠む想像力の深さは、現代に生きるわたしたちも見習いたいところです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  後京極摂政前太政大臣は、本名を藤原良経(ふじわらのよしつね)といいます。いまから800年ほど前の貴族です。五代前の藤原師実(ふじわらのもろざね)も京極殿と呼ばれましたので、区別をするために後京極殿と呼ばれています。土御門天皇(つちみかどてんのう)を補佐する摂政に、そして大臣の最高位である太政大臣にまでのぼりましうたが、38歳で亡くなりました。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)は良経の家である九条家(くじょうけ)の仕える家司(けいし)でした。また、定家の父で、第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)は、良経の和歌の師でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

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