解説前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん)

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第95番
前大僧正慈円
(さきのだいそうじょうじえん)

おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖


☆ おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで
★ おおけなく うきよのたみに おおうかな わがたつそまに すみぞめのそで


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 我が身には過ぎたことだとは思いますが、この世の中の人々の幸せを祈りながら、この法衣の袖を人々に掛けましょう。この比叡山で僧侶となり、法衣に袖を通すことになったわたしなのですから。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  慈円は、11歳のときから比叡山延暦寺の最高位である座主(ざす)覚快法親王(かくかいほっしんのう)の弟子となりました。そして、晴れて13歳で出家、その後も比叡山で研鑽を積み、38歳のときに、はじめて座主となり、その生涯で4度の座主を務めた延暦寺とは深い関係のあるお坊さんです。この和歌を慈円が何歳のときに詠んだのかはわかりませんが、僧侶としての心得と、仏教の最高峰である比叡山に在籍をしているという自負が、緊張感をもって伝わってきます。きっと、若き日の慈円の和歌なのでしょう。

小倉百人一首_作者タイトルについて  前大僧正慈円は、いまから800年ほど前のお坊さんです。第76番の歌人である藤原忠通(ふじわらのただみち)の息子で、第91番の歌人である藤原良経(ふじわらのよしつね)の叔父にあたります。天皇の補佐をする摂政・関白や最高位である太政大臣を多く出した名家の出身です。13歳で出家しました。大僧正は、僧侶の最高位です。僧侶として尊敬を集めながら、和歌を詠むのも上手でした。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

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