ポイント解説あ行(14首)

point-1阿倍仲麿(あべのなかまろ)

第7番
阿倍仲麿
(あべのなかまろ)

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも

☆★ あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも


小倉百人一首_阿倍仲麿(あべのなかまろ) 小倉百人一首_阿倍仲麿(あべのなかまろ)の意味  はるか大空を見上げてみると、月がとても美しいなぁ。あの月は、故郷の奈良の春日にある三笠山にかかっている月と同じなんだろうなぁ。

小倉百人一首_阿倍仲麿(あべのなかまろ)の鑑賞  この和歌は、仲麿がいよいよ日本へ帰国できるというとき、送別会の席で詠んだといわれています。長く離れていた故郷を思う気持ちがとてもストレートに伝わってきますね。この後、船が遭難して結局、日本へ帰れずに中国で亡くなったことを思い合わせると、なんとも切ない気持ちになる和歌です。

小倉百人一首_作者阿倍仲麿(あべのなかまろ)について  阿倍仲麿は、仲麻呂とも書きます。いまから1300年ほど前の官僚です。若いときから優秀だったので、20歳のときにいまの中国である唐(とう)へ勉強をしに行きました。当時の中国は、日本よりもずっと文化が進んでいて、多くの優秀な日本人が勉強に行ったのです。仲麿は中国で一生懸命勉強し、科挙(かきょ)というとても難しい試験に合格して、中国の皇帝にお仕えしました。35年もの間、中国で勤め、いよいよ日本に帰ろうとしたとき、日本へ向かう船が遭難し、仲麿は再び中国へ戻らなければならなくなりました。そして、一度も日本に帰ることなく、73歳で中国で亡くなりました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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point-2小野小町(おののこまち)

第9番
小野小町
(おののこまち)

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身よにふる ながめせしまに

☆ はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに
★ はなのいろは うつりにけりな いたずらに わがみよにふる ながめせしまに


小倉百人一首_小野小町(おののこまち) 小倉百人一首_小野小町(おののこまち)の意味  春も終わりかしら。桜の花の色が、長雨にあたって、ずいぶんと色あせてしまったのね。その桜の花の色と同じように、私の美しさもおとろえてしまったわ。恋愛の悩みなんかに思い悩んで、むだに長雨を眺めながら、ぼんやりと暮らしているうちに・・・。

小倉百人一首_小野小町(おののこまち)の鑑賞  いまも昔も、女の人の悩みは、恋愛と自分の姿の美しさのようですね。皆さんが小野小町のように悩む日は、まだまだ先のことでしょうけど、どうか後悔をしない、恋愛と自分磨きをしてくださいね。

小倉百人一首_作者小野小町(おののこまち)について  小野小町は、いまから1150年ほど前の宮廷女官と考えられています。昔は、女性の本名や家族関係などは公の記録に残ることが少なかったので、小野小町の本名も伝わっていません。絶世の美女だったといわれています。可愛い女の子や綺麗な女性を「○○小町」、「小町娘」などというのは、この小野小町から来ています。『小倉百人一首』の絵札では、後ろを向いていますよ。どんなに綺麗だったのか、気になりますね。第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人『六歌仙』のひとりにも選ばれています。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-3在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)

第17番
在原業平朝臣
(ありわらのなりひらあそん)

ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは


☆ ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは
★ ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 不思議なことが多い、神様がこの世界を治めておられた時代にも、聞いたことがありませんよ。紅葉の名所の竜田川が、紅葉を散らして鮮やかな紅色に、水を「くくり染め」にしているとは。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  「くくり染め」とは布の染め方の一種です。現在の絞り染めと同じものです。この和歌は、業平が本当に竜田川のほとりで詠んだのではなく、皇太子妃藤原高子(ふじわらのこうし/たかいこ)の御殿で行なわれた歌会で、屏風に描かれた竜田川の紅葉を詠ったものです。ただ、「紅葉が紅色で綺麗だなぁ」と詠むのではなく、「神様の時代でも聞いたことがない」、「水をくくり染めにするなんて」というスケールの大きな発想が、詠まれた情景をより面白く色鮮やかに浮かばせていると思いませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  在原業平は、いまから1350年ほど前の貴族です。平城天皇(へいぜいてんのう)の孫でしたが、苗字を与えられ、皇族ではなくなりました。第16番の歌人である在原行平(ありわらのゆきひら)の異母弟にあたります。とても美男で恋愛上手だったそうで、『伊勢物語』の主人公だと考えられています。また、第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人『六歌仙』のひとりにも選ばれています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-4伊勢(いせ)

第19番
伊勢
(いせ)

難波潟 みじかき葦の ふしのまも あはでこの世を すぐしてよとや


☆ なにはがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや
★ なにわがた まじかきあしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとや


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 難波潟(現在の大阪湾)に生える葦の、短い節と節の間のような短い間でさえも、あなたに会わないで、どうやってこの世を過ごせとおっしゃるのでしょうか。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  逢いたいのに、なかなか逢えない、いえ、逢ってくれない恋人に、なんて言ったら嫌われずに気持ちを伝えられるでしょうね。現代も昔も悩みは同じのようです。切ない気持ちを強く言い切った伊勢の心の叫びが聞こえてくるような気がしませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  伊勢は、1100年ほど前の中流貴族の娘です。宇多天皇(うだてんのう)の寵愛を受けて、皇子を産みました。女性の本名が伝わることの少なかった時代ですので、本名は伝わりません。和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-5殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)

第90番
殷富門院大輔
(いんぷもんいんのたいふ)

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず


☆ みせばやな おじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず
★ みせばやな おじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかわらず


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 涙に濡れて、色の変わったわたしの袖をお見せしたいものですよ。雄島(現在の宮城県の名所である松島のなかの島のひとつ)の漁師の袖ですら、たくさん濡れても、わたしの袖のようには色は変わらないでしょうに。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  なぜ、京都に住んでいる女官の和歌に、宮城県の島が出てきたのか不思議には思いませんか?この和歌は、歌合(うたあわせ)のときに、「松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくはぬれしか(松島の雄島の磯で漁をした漁師の袖くらいですよ。わたしの袖のようにこんなにも袖を濡らしたのは。わたしは恋の涙で袖を濡らしているのですがね)」という和歌を踏まえて(これを「本歌取り(ほんかとり)」といいます)詠まれたものです。本歌の作者は、第48番の歌人である源重之(みなもとのしげゆき)です。大輔の和歌は、重之の本歌よりもさらに大げさな言い回しになっていますが、それもまた、女性の悩み深い様子が伝わっているように感じます。

小倉百人一首_作者タイトルについて  殷富門院大輔は、いまから850年ほど前の宮廷女官です。後白河天皇(ごしらかわてんのう)の第一皇女である殷富門院亮子内親王(いんぷもんいんないりょうしないしんのう)に仕えました。藤原信成(ふじわらののぶなり)というさほど地位の高くない官僚の娘です。当代一流の女流歌人でした。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-6伊勢大輔(いせのたいふ/いせのおおすけ)

第61番
伊勢大輔
(いせのたいふ/いせのおおすけ)

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな


☆ いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな
★ いにしえの ならのみやこの やえざくら きょうここのえに においぬるかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 昔みやこのあった奈良の八重桜が、今日は九重の宮中に美しく咲き誇って、一段と輝いていることですよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  一条天皇(いちじょうてんのう)のもとへ、奈良から八重桜が贈られたとき、その桜を受け取る役を紫式部(むらさきしきぶ)から譲られ、藤原道長(ふじわらのみちなが)に和歌を詠むように、といわれて即興で詠んだものです。「いにしへ」と「けふ」、八重桜の「八重」と宮中を意味する「九重」、と対比の言葉を上手に使い、華やかな和歌ですね。麗しい宮廷の様子が目に浮かぶようです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  伊勢大輔は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。第49番の歌人である大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)は祖父にあたります。父親の大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)が、伊勢神宮の祭主で、神祇大副(じんぎおおすけ)という神官だったことから、伊勢大輔(大輔と大副は同じ意味。職種によって字が違います。)と呼ばれました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7赤染衛門(あかぞめえもん)

第59番
赤染衛門
(あかぞめえもん)

やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな


☆ やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな
★ やすらわで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたがいらっしゃらないとわかっていたのなら、ためらわずに寝てしまいましたのにね。お待ちしているうちに、夜も更けて、とうとう西に傾く月を見てしまいました。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  訪ねてくると言っていた恋人を待ちわびる切なさや苛立ちが手に取るようにわかる和歌ですね。待ちぼうけをくらわされた姉妹の代わりに、その恋人である藤原道隆(ふじわらのみちたか)へ宛てて詠んだものです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  赤染衛門は、赤染時用(あかぞめのときもち)の娘です。本名は伝わっていません。父親の職が右衛門尉(うえもんのじょう)だったので、赤染衛門と呼ばれました。藤原道長(ふじわらのみちなが)の妻である源倫子(みなもとのりんし)や、その娘の一条天皇中宮(いちじょうてんのうちゅうぐう)である彰子(しょうし)に仕えました。後に、学者として名高い大江匡衡(おおえのまさひら)と結婚しました。匡衡とはおしどり夫婦として名高く、あまりの仲の良さに匡衡衛門とあだ名がついていた、と『紫式部日記』に記されています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-8和泉式部(いずみしきぶ)

第56番
和泉式部
(いずみしきぶ)

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな


☆ あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな
★ あらざらん このよのほかの おもいでに いまひとたびの あうこともがな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 もうすぐ病気で死んでいくのでしょうけれど、この世の思い出に、もう一度あなたにお逢いしたいものです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  多くの恋愛遍歴を重ねてきた式部の、最後の恋の相手はどんなひとだったのでしょう。最期のときに、こんな和歌を詠めるような恋をしたいものですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  和泉式部は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。本名は伝わっていません。大江雅致(おおえのまさむね)という中流貴族の娘でした。和泉守(いずみのかみ)という地方官だった橘道貞(たちばなのみちさだ)と結婚したため、和泉式部と呼ばれています。道貞との間に第60番の歌人である小式部内侍(こしきぶのないし)がいます。後に離婚し、冷泉天皇(れいぜいてんのう)の皇子である為尊親王(ためたかしんのう)や敦道親王(あつみちしんのう)と親しくなりました。『和泉式部日記』は、この敦道親王との恋愛を記したものです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-9右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)

第53番
右大将道綱母
(うだいしょうみちつなのはは)

なげきつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る


☆★ なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたがいらっしゃらないことを嘆き悲しみながら、ひとり寝る夜が明けるまでの間は、どんなにか長いものであるか、おわかりになりますか?おわかりにならないでしょうね。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  兼家が三夜の間、道綱母を訪れることがなくて、その間どこへ行っていたかというと、さほど身分の高くもない女性のもとへ通っていることがわかりました。そして、しばらくして、明け方に兼家が訪ねてきたことがあったときに、兼家を家に入れずに、この和歌を贈ったのだそうです。当時の男性の風習として、多くの女性のもとへ通うのは仕方のないことで、特に兼家のような大貴族ならなおさらのことなのだけど、それでも自分の気持ちを伝えずにはいられなかった道綱母の哀しさが伝わってくるようではありませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  右大将道綱の母は、右大将である藤原道綱(ふじわらのみちつな)の母親という意味です。本名は伝わっていません。藤原倫寧(ふじわらのともやす)の娘で、大貴族である藤原兼家(ふじわらのかねいえ)の側室のひとりとなって、道綱を産んだことがわかっています。兼家との恋愛を回想した『かげろふ日記(かげろうにっき)』の作者としても有名です。名高い美貌の持ち主で、和歌を詠むのも上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-10大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)

第49番
大中臣能宣
(おおなかとみのよしのぶ)

みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃えて 昼は消えつつ ものをこそ思へ


☆ みかきもり ゑじのたくひの よるはもえて ひるはきえつつ ものをこそおもへ
★ みかきもり えじのたくひの よるはもえて ひるはきえつつ ものをこそおもえ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 夜は焚き、昼は消えている、宮中を守る衛士が焚くかがり火のように、わたしの恋心も夜は激しく燃え上がり、昼間は身も心も消えそうにもの思いに沈んでいることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  真っ暗な夜のなかに赤々と燃え上がるかがり火の明るさと強さが、目に浮かびますね。恋心が切なく浮き沈みする様子が、かがり火にたとえられています。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大中臣能宣は、いまから1050年ほど前の神官です。歌人としても名高く、第42番の歌人である清原元輔(きよはらのもとすけ)とともに、村上天皇(むらかみてんのう)に選ばれた和歌を選定する五人(梨壷の五人/なしつぼのごにん)のうちのひとりに選ばれました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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