ポイント解説た行(12首)

point-1天智天皇(てんじてんのう)

第1番
天智天皇
(てんじてんのう)

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

☆ あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ
★ あきのたの かりおのいおの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ


小倉百人一首_天智天皇(てんじてんのう) 小倉百人一首_天智天皇(てんじてんのう)意味  秋の田んぼのそばにある小屋は、田んぼの番をするために仮に建てられたものだから、苫(屋根の編み目のこと)が荒くて、すきまだらけ。わたしの衣の袖が、夜露にぬれてしまっているよ。

小倉百人一首_天智天皇(てんじてんのう)鑑賞  農民の生活が浮かんできませんか?天智天皇が詠んだものではなく、農民の民謡のようなものが時代を経て、天智天皇の作と伝わるようになったといわれています。なぜ、天智天皇の作とされるようになったのか、その理由はなぜなのかわかりますか?答えはひとつではありませんが、農民の生活に思いを至らせられるくらい天智天皇が偉大で思いやりが深い天皇であったと考えられていたか、または、そういう人物であって欲しいというひとびとの思いがあったのかも知れませんね。

小倉百人一首_天智天皇(てんじてんのう)作者について  栄えある第1番に選ばれたのは、「大化の改新(たいかのかいしん)」で有名な天智天皇です。いまから1400年前の飛鳥時代に起こった「大化の改新」は、まだ中大兄皇子(なかのおおえのみこ)と呼ばれていた天智天皇が、藤原氏の祖である中臣鎌足(なかとみのかまたり)と協力して、巨大勢力となった豪族蘇我氏を倒し、天皇中心の政権をつくろうとしたものです。その行動はやがて実を結び、即位した天智天皇は日本の国家の礎を築きました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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point-2中納言家持(ちゅうなごんやかもち)

第6番
中納言家持
(ちゅうなごんやかもち)

かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける

☆★ かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける


小倉百人一首_中納言家持(ちゅうなごんやかもち) 小倉百人一首_中納言家持(ちゅうなごんやかもち)の意味  七夕の夜に天の川に橋を掛けるというカササギ。そのカササギが天界のような宮殿に掛けた橋に霜が降りているなぁ。その白さにを見ると、夜がずいぶんと更けたなぁと思う。

小倉百人一首_中納言家持(ちゅうなごんやかもち)の鑑賞  奈良時代の昔のことですから、もちろん電気はありません。霜が降りている様子は見えるようなので、きっと月明かりがあるのでしょう。冬の夜の静かで冴え渡った景色が目に浮かびませんか?

小倉百人一首_作者中納言家持(ちゅうなごんやかもち)について  中納言家持は、本名を大伴家持(おおとものやかもち)といいます。いまから1350年ほど前の官僚です。中納言は職名で、奈良時代ではなかなかの高官でした。大伴氏は、後に貴族のほとんどを占める藤原氏よりもずっと古い家柄でしたが、家持の生きた時代は、藤原氏の勢力に圧され、大伴氏はかつての勢力を失いつつありました。そんななか、家持は、勤勉に天皇にお仕えし、また和歌を詠むのがとても上手でした。日本最古の歌集である『万葉集』の編者であると考えられています。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-3中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)

第16番
中納言行平
(ちゅうなごんゆきひら)

たちわかれ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば いま帰りこむ


☆ たちわかれ いなばのやまの みねにおふる まつとしきかば いまかへりこむ
★ たちわかれ いなばのやまの みねのおうる まつとしきかば いまかえりこん


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 いま、あなたと別れて因幡国(現在の鳥取県)へ行っても、稲葉山(鳥取県にある山)の峰に生えている松の木の名前のように、あなたがわたしを「待つ」と言ってくださるのを聞いたなら、すぐに帰って来ましょう。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  行平が38歳のとき、因幡守(いなばのかみ)として、因幡国へ下向しました。守はいまでいう県知事のような役職です。和歌を贈った相手は都にいるのですから、遠距離恋愛になってしまうわけです。現在のように電話もメールも無く、馬が最速の交通手段の時代ですから、会いたくてもなかなか会えませんね。そんな事情をわかっていながら、「すぐに帰ってくるからね」と詠んだ行平の恋人への心細い気持ちがひしひしと伝わってはきませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  中納言行平は、本名を在原行平(ありわらのゆきひら)といいます。いまから1350年ほど前の平安時代の貴族です。平城天皇(へいぜいてんのう)の孫でしたが、苗字を与えられ、皇族ではなくなりました。第17番の歌人である在原業平(ありわらのなりひら)は異母弟にあたります。中納言は職名で、平安時代ではそこそこの高官でした。40歳の頃、須磨(すま/現在の兵庫県神戸市)に流されました。後に赦されましたが、『源氏物語』で光源氏(ひかるげんじ)が須磨へ流されたモデルになったといわれています。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-4道因法師(どういんほうし)

第82番
道因法師
(どういんほうし)

思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり


☆ おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
★ おもいわび さてもいのちは あるものを うきにたえぬは なみだなりけり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたのつれなさを嘆いて嘆いて、とても耐えられないと思っていましたが、それでも耐えて生きつづけているのに、やはり耐えられないつらさに涙がこぼれます。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  どんなにか恋しい相手なのでしょうか。こちらも涙が出そうになりますね。この和歌は、古くから恋を詠んだと解釈されていますが、もっと深く、人間関係や、思いどおりにならない自分の人生への嘆き、と読み取るとさらに興味深いと思います。

小倉百人一首_作者について  道因法師は、俗名を藤原敦頼(ふじわらのあつより)といいます。さほど地位の高くない官僚でしたが、80歳を過ぎた頃に出家をしたようです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-5待賢門院堀河(たいけんもんいんほりかわ)

第80番
待賢門院堀河
(たいけんもんいんほりかわ)

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ


☆ ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ
★ ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたのお心が、末長くお変わりにならないかどうかもわからないのに、ご一緒してしまいました。わたしの心は、この寝乱れた長い黒髪のように乱れて、今朝はもの思いに沈んでいることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  ずっとお付き合いできるかどうか約束をもらったわけではないのに、一晩を共にしてしまった女性の心のうちを詠んだ和歌です。皆さんにはまだ少し難しい内容かもしれませんが、相手のことがとても好きで、でも相手は自分のことを同じように好きでいてくれているかわからないとき、それでも側にいたくなることがあるかもしれません。そんなときがきたら、この和歌を思い出してください。一時の幸せのために選んだ行動が、この堀河のように、あなたを悩ませ、もしかしたら後悔をさせるかもしれませんから。

小倉百人一首_作者タイトルについて  待賢門院堀河は、いまから900年ほど前の宮廷女官です。右大臣源顕房(うだいじんみなもとのあきふさ)の孫で、神祇伯源顕仲(じんぎはくみなもとのあきなか)の娘です。はじめ、前斎院令子内親王(さきのさいいんれいしないしんのう)に仕えて前斎院六条(さきのさいいんろくじょう)と呼ばれていましたが、第77番の歌人である崇徳院(すとくいん)の母后待賢門院藤原璋子(たいけんもんいんふじわらのしょうし/たまこ)に仕えてからは堀河と呼ばれるようになりました。待賢門院の出家に伴い、一緒に尼になりました。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-6大納言経信(だいなごんつねのぶ)

第71番
大納言経信
(だいなごんつねのぶ)

夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く


☆ ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく
★ ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしのまろやに あきかぜぞふく


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 夕方になると、門の前の田んぼの稲の葉が、そよそよと葉ずれの音をさせて、葦葺きの粗末な家に、秋風が吹いているよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  秋の乾いた空気が感じられるような和歌です。高く澄んだ空に、赤とんぼが飛んでいるかもしれませんね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大納言経信は、本名を源経信(みなもとのつねのぶ)といいます。いまから900年ほど前の貴族です。大納言は職名で、大臣に次ぐ地位でした。当代一の歌人と称えられ、漢詩をつくるのや、琵琶を弾くのも上手でした。第74番の歌人である源俊頼(みなもとのとしより)は息子です。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7大弐三位(だいにのさんみ)

第58番
大弐三位
(だいにのさんみ)

ありま山 ゐなの笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする


☆ ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
★ ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 有馬山(現在の兵庫県神戸市)の近くの猪名の笹原(現在の大阪府北部を流れている猪名川の川辺)に風が吹けば、そよそよと音がしますね。そうよ。どうしてわたしがあなたを忘れたりするでしょう。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  しばらく逢わなかった恋人から、「わたしのことを忘れたのではないでしょうね」という手紙をもらったのに返した和歌です。笹原のそよそよという擬音と、返事としての「そよ(現代語だと「そうよ」)」を掛けた、機知に富みながらも可愛らしい和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大弐三位は、本名を藤原賢子(ふじわらのけんし)といいます。この時代の女性にしては珍しく本名が伝わっています。父は藤原宣孝(ふじわらののぶたか)、母は『源氏物語』の作者で、第57番の歌人である紫式部(むらさきしきぶ)です。正三位大宰大弐(しょうさんみだざいのだいに)高階成章(たかしなのなりあきら)の妻となったので、大弐三位と呼ばれています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-8大納言公任(だいなごんきんとう)

第55番
大納言公任
(だいなごんきんとう)

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ


☆ たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ
★ たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なおきこえけれ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 水が枯れたので、滝の音が絶えてからずいぶんと長い年月が経ちましたが、その滝の名声は世の中に流れ伝わって、いまもなお世間に知られていることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  この和歌に詠まれた滝は、嵯峨(現在の京都市右京区)の大覚寺(だいかくじ)の滝のことだそうです。大覚寺は、嵯峨天皇(さがてんのう)が建立された名刹で、その庭園に滝も造られました。しかし、公任の時代には、水は枯れ、滝の形を留めるのみだったようです。時の権力者である藤原道長(ふじわらのみちなが)のお供で嵯峨を訪れたときに詠んだ和歌です。テーマは、特に面白味のあるものではないのですが、麗しく詠みあげていますね。この滝は、現在も「名こその滝」として、跡地が親しまれています。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大納言公任は、本名を藤原公任(ふじわらのきんとう)といいます。太政大臣の祖父と父を持つ貴族です。大納言は職名で、大臣に次ぐ地位でした。第64番の歌人である藤原定頼(ふじわらのさだより)は息子です。博学多才で、和歌はもちろん、漢詩も管弦も上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-9中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ)

第44番
中納言朝忠
(ちゅうなごんあさただ)

あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし


☆ あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし
★ あうことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 もし、出会うことがまったく無いのなら、あなたの無情を恨んだり、わたしの身のつらさを恨んだりすることもなかったでしょうに。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  知らなければ心が平穏でいられたのに・・・そんなことを感じることはありませんか?恋しい人ができた喜びと戸惑いが感じられる和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  中納言朝忠は、本名を藤原朝忠(ふじわらのあさただ)といいます。いまから1050年ほど前の貴族で、第25番の歌人である藤原定方(ふじわらのさだかた)の次男です。中納言は職名で、中の上くらいの地位でした。和歌はもちろん、漢学の素養もありました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-10平兼盛(たいらのかねもり)

第40番
平兼盛
(たいらのかねもり)

しのぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人のとふまで


☆ しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで
★ しのぶれど いろにいでにけり わがこいは ものやおもうと ひとのとうまで


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 誰にも知られないように隠してきたのに、わたしの恋心は、とうとう顔色に出るまでになってしまいました。「恋の悩みですか?」とまわりの人に尋ねられてしまうほどに。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  この和歌は、村上天皇(むらかみてんのう)の御前で行なわれた「天徳内裏歌合(てんとくだいりうたあわせ)」の結びとして詠まれたものです。歌合(うたあわせ)とは、左右から一首ずつ和歌を詠み、優劣をつけるものです。第41番の壬生忠見(みぶのただみ)の和歌と競われました。二首の素晴らしさに、誰も優劣をつけられず、村上天皇も判断をくだされなかったそうですが、密かにこの和歌を口ずさんでおられたので、この和歌を勝ちとしたそうです。第41番の和歌とあわせて詠んでみてくださいね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  平兼盛は、いまから1050年ほど前の中級官僚です。第15番の歌人である光孝天皇(こうこうてんのう)の曾孫にあたり、父の代に苗字を与えられ、皇族ではなくなりました。和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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