解説河原左大臣(かわらのさだいじん)

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第14番
河原左大臣
(かわらのさだいじん)

みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに 乱れそめにし われならなくに


☆ みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに
★ みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに


小倉百人一首_河原左大臣(かわらのさだいじん) 小倉百人一首_河原左大臣(かわらのさだいじん)の意味 陸奥(みちのく)の信夫(しのぶ/現在の福島県信夫郡)で作られるという「しのぶもじ摺り」という乱れ染めの布の文様のように、わたしの心も乱れてしまったのです。だれのせいなのでしょうね。わたしはだれにも心を乱されたくはなかったのに。

小倉百人一首_河原左大臣(かわらのさだいじん)の鑑賞  好きな人のことを考えたり姿を見ただけで、ドキドキしたり何気ないひと言や行動がで一喜一憂したり・・・。そんな自分の気持ちがかき乱されて、平常心でいられないことをもどかしく思うことがあるでしょう。恋する相手がいることの幸せはもちろんだけど、自分の心が自分のものではないような状態。この和歌は、そんな気持ちを詠っているのでしょうね。

小倉百人一首_作者河原左大臣(かわらのさだいじん)について  河原左大臣は、本名を源融(みなもとのとおる)といいます。「河原」は「河原院(かわらのいん)」という平安京のなかにあった融の邸宅の名前です。とても豪華なお屋敷だったので、『源氏物語』のなかの光源氏(ひかるげんじ)の大邸宅「六条院(ろくじょういん)」のモデルとなったといわれています。「左大臣」は、大臣職の二番目です。「河原左大臣」は、「河原院に住んでいた左大臣」という意味です。融は、いまから1150年ほど前の平安時代の貴族です。嵯峨天皇(さがてんのう)の皇子でしたが、苗字をもらって皇族から離れました。血筋の高貴さに加え、才能と財力に恵まれた人物です。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

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