ポイント解説51番~60番

point-1小式部内侍(こしきぶのないし)

第60番
小式部内侍
(こしきぶのないし)

大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立


☆★ おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず あまのはしだて


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 大江山(現在の京都府京都市と亀岡市の間にある山)を越えて幾野(現在の京都府亀岡市)への道はとても遠いので、天橋立(現在の京都府宮津市)へは行ったこともありませんし、母からの手紙も見ておりませんよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  歌合(うたあわせ)に参加することになった小式部内侍に、第64番の歌人である藤原定頼(ふじわらのさだより)が、「お母さんに歌の代作を頼みましたか?そのお返事は来ましたか?」とからかったのに返した和歌です。当時、和泉式部は、夫の仕事について天橋立のある丹後国(現在の京都府北部)にいました。小式部内侍の和歌は、和泉式部が代作をしている、という噂があったため、定頼はこんな風にからかったのです。しかし、小式部内侍は、見事に詠み返し、定頼はあっけにとられて、咄嗟に和歌を返せず、すごすごと引き下がったのだそうです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  小式部内侍は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。父は橘道貞(たちばなのみちさだ)、母は第56番の歌人である和泉式部(いずみしきぶ)です。一条天皇中宮(いちじょうてんのうちゅうぐう)の藤原彰子(ふじわらのしょうし)に仕えました。母と区別するため、小式部と呼ばれていました。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


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point-2赤染衛門(あかぞめえもん)

第59番
赤染衛門
(あかぞめえもん)

やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな


☆ やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな
★ やすらわで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたがいらっしゃらないとわかっていたのなら、ためらわずに寝てしまいましたのにね。お待ちしているうちに、夜も更けて、とうとう西に傾く月を見てしまいました。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  訪ねてくると言っていた恋人を待ちわびる切なさや苛立ちが手に取るようにわかる和歌ですね。待ちぼうけをくらわされた姉妹の代わりに、その恋人である藤原道隆(ふじわらのみちたか)へ宛てて詠んだものです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  赤染衛門は、赤染時用(あかぞめのときもち)の娘です。本名は伝わっていません。父親の職が右衛門尉(うえもんのじょう)だったので、赤染衛門と呼ばれました。藤原道長(ふじわらのみちなが)の妻である源倫子(みなもとのりんし)や、その娘の一条天皇中宮(いちじょうてんのうちゅうぐう)である彰子(しょうし)に仕えました。後に、学者として名高い大江匡衡(おおえのまさひら)と結婚しました。匡衡とはおしどり夫婦として名高く、あまりの仲の良さに匡衡衛門とあだ名がついていた、と『紫式部日記』に記されています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-3大弐三位(だいにのさんみ)

第58番
大弐三位
(だいにのさんみ)

ありま山 ゐなの笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする


☆ ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
★ ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 有馬山(現在の兵庫県神戸市)の近くの猪名の笹原(現在の大阪府北部を流れている猪名川の川辺)に風が吹けば、そよそよと音がしますね。そうよ。どうしてわたしがあなたを忘れたりするでしょう。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  しばらく逢わなかった恋人から、「わたしのことを忘れたのではないでしょうね」という手紙をもらったのに返した和歌です。笹原のそよそよという擬音と、返事としての「そよ(現代語だと「そうよ」)」を掛けた、機知に富みながらも可愛らしい和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大弐三位は、本名を藤原賢子(ふじわらのけんし)といいます。この時代の女性にしては珍しく本名が伝わっています。父は藤原宣孝(ふじわらののぶたか)、母は『源氏物語』の作者で、第57番の歌人である紫式部(むらさきしきぶ)です。正三位大宰大弐(しょうさんみだざいのだいに)高階成章(たかしなのなりあきら)の妻となったので、大弐三位と呼ばれています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-4紫式部(むらさきしきぶ)

第57番
紫式部
(むらさきしきぶ)

めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな


☆ めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな) ★ めぐりあいて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よわのつきかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 久しぶりに会えたのに、見たかどうかもわからないくらいに雲に隠れてしまう夜更けの月のように、あなたも、あっという間に帰ってしまいましたね。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  久しぶりに再会した幼なじみのことを詠んだ和歌です。宮仕えのご用の途中だったのでしょうか。子供が待つ家路を急いでいたのでしょうか。電話もメールもなかった時代ですから、なかなか気軽に話をすることも出来なかったでしょう。式部の友だちを親しく懐かしく思う気持ちが込められた和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  紫式部は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。本名は伝わっていません。藤原為時(ふじわらのためとき)という中流貴族の娘でした。藤原宣孝(ふじわらのためたか)と結婚し、第58番の歌人である大弐三位(大弐三位)と呼ばれる娘賢子(けんし)を産みました。やがて夫とは死別し、その寂しさのなかで『源氏物語』を書き始めたそうです。その物語が広まり、藤原道長(ふじわらのみちなが)の娘で一条天皇中宮(いちじょうてんのうちゅうぐう)の彰子(しょうし)のもとへ宮仕えをするようになりました。はじめ藤原氏ということで藤式部(とうのしきぶ)と呼ばれていましたが、『源氏物語』の主人公のひとりである「紫の上」から紫式部と呼ばれるようになったようです。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-5和泉式部(いずみしきぶ)

第56番
和泉式部
(いずみしきぶ)

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの あふこともがな


☆ あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな
★ あらざらん このよのほかの おもいでに いまひとたびの あうこともがな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 もうすぐ病気で死んでいくのでしょうけれど、この世の思い出に、もう一度あなたにお逢いしたいものです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  多くの恋愛遍歴を重ねてきた式部の、最後の恋の相手はどんなひとだったのでしょう。最期のときに、こんな和歌を詠めるような恋をしたいものですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  和泉式部は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。本名は伝わっていません。大江雅致(おおえのまさむね)という中流貴族の娘でした。和泉守(いずみのかみ)という地方官だった橘道貞(たちばなのみちさだ)と結婚したため、和泉式部と呼ばれています。道貞との間に第60番の歌人である小式部内侍(こしきぶのないし)がいます。後に離婚し、冷泉天皇(れいぜいてんのう)の皇子である為尊親王(ためたかしんのう)や敦道親王(あつみちしんのう)と親しくなりました。『和泉式部日記』は、この敦道親王との恋愛を記したものです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-6大納言公任(だいなごんきんとう)

第55番
大納言公任
(だいなごんきんとう)

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ


☆ たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ
★ たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なおきこえけれ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 水が枯れたので、滝の音が絶えてからずいぶんと長い年月が経ちましたが、その滝の名声は世の中に流れ伝わって、いまもなお世間に知られていることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  この和歌に詠まれた滝は、嵯峨(現在の京都市右京区)の大覚寺(だいかくじ)の滝のことだそうです。大覚寺は、嵯峨天皇(さがてんのう)が建立された名刹で、その庭園に滝も造られました。しかし、公任の時代には、水は枯れ、滝の形を留めるのみだったようです。時の権力者である藤原道長(ふじわらのみちなが)のお供で嵯峨を訪れたときに詠んだ和歌です。テーマは、特に面白味のあるものではないのですが、麗しく詠みあげていますね。この滝は、現在も「名こその滝」として、跡地が親しまれています。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大納言公任は、本名を藤原公任(ふじわらのきんとう)といいます。太政大臣の祖父と父を持つ貴族です。大納言は職名で、大臣に次ぐ地位でした。第64番の歌人である藤原定頼(ふじわらのさだより)は息子です。博学多才で、和歌はもちろん、漢詩も管弦も上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7儀同三司母(ぎどうさんしのはは)

第54番
儀同三司母
(ぎどうさんしのはは)

忘れじの ゆく末までは かたければ けふをかぎりの いのちともがな


☆ わすれじの ゆくすえまでは かたければ けふをかぎりの いのちともがな
★ わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味「いつまでも忘れない」、とおっしゃるその未来を信じるのは難しいので、そのことばをいただいた今日をかぎりとして、死んでしまいたいと思うのです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  永遠を誓ってくれた恋人の言葉に喜びながらも、その言葉の不確かさに怯えて、幸せないまのうちに死んでしまいたい、という女性なら、誰もが共感できる心を美しいことばで詠いあげていますね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  儀同三司の母は、本名を高階貴子(たかしなのきし)といい、関白藤原道隆(かんぱくふじわらのみちたか)の妻です。「儀同三司」とは、「三司(太政大臣・左大臣・右大臣)と同じ待遇である」という意味で、准大臣のことです。息子である藤原伊周(ふじわらのこれちか)のことです。関白の正妻といって良い立場でしたが、一条天皇(いちじょうてんのう)の皇后であった娘である定子(ていし)に先立たれ、息子の伊周・隆家(たかいえ)は政争に破れるなど、子供たちの不幸を見守った人生でした。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-8右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)

第53番
右大将道綱母
(うだいしょうみちつなのはは)

なげきつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る


☆★ なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたがいらっしゃらないことを嘆き悲しみながら、ひとり寝る夜が明けるまでの間は、どんなにか長いものであるか、おわかりになりますか?おわかりにならないでしょうね。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  兼家が三夜の間、道綱母を訪れることがなくて、その間どこへ行っていたかというと、さほど身分の高くもない女性のもとへ通っていることがわかりました。そして、しばらくして、明け方に兼家が訪ねてきたことがあったときに、兼家を家に入れずに、この和歌を贈ったのだそうです。当時の男性の風習として、多くの女性のもとへ通うのは仕方のないことで、特に兼家のような大貴族ならなおさらのことなのだけど、それでも自分の気持ちを伝えずにはいられなかった道綱母の哀しさが伝わってくるようではありませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  右大将道綱の母は、右大将である藤原道綱(ふじわらのみちつな)の母親という意味です。本名は伝わっていません。藤原倫寧(ふじわらのともやす)の娘で、大貴族である藤原兼家(ふじわらのかねいえ)の側室のひとりとなって、道綱を産んだことがわかっています。兼家との恋愛を回想した『かげろふ日記(かげろうにっき)』の作者としても有名です。名高い美貌の持ち主で、和歌を詠むのも上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-9藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)

第52番
藤原道信朝臣
(ふじわらのみちのぶあそん)

明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな


☆ あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな
★ あけぬれば くるるものとは しりながら なおうらめしき あさぼらけかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 夜が明けると、また日は暮れて夜になり、あなたに逢えることはわかっているのだけど、それでも夜が明けるのが恨めしく思いますよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  当時の女性は、宮仕えの女官以外は、昼間に出歩きませんから、夜になると、恋する女性のところを訪ね、朝になる前に立ち去る、という逢い方しかできませんでした。また夜になれば逢えることはわかっているのに、いま離れがたい気持ちが、しらじらと明けていく夜明けの薄明かりの情景とともに、しみじみと伝わってくる美しい和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  藤原道信は、右大臣を祖父に、太政大臣を父に持ち、第45番の歌人である謙徳公藤原伊尹(けんとくこうふじわらのこれただ)を母方の祖父に持つという、将来を約束された家柄の貴族でした。しかし、23歳の若さで亡くなってしまいました。和歌を詠むのが上手だったので、多くの人に惜しまれたそうです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-10藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)

第51番
藤原実方朝臣
(ふじわらのさねかたあそん)

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを


☆ かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを
★ かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもいを


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたのことをこんなにも想っているなんて言うこともできないのだから、伊吹山(いぶきやま/滋賀県と岐阜県の県境にある山と栃木県にある山と2説あります ※1)に生えるさしも草(ヨモギ)の香りのように、燃えるわたしの想いをあなたはご存知ないのでしょうね。

※1についての補足


小倉百人一首_タイトルの鑑賞  「えやはいぶきの」は、「言うことができるだろうか、いやできない」と、「伊吹山」とを「いぶき」で掛けていて、「さしも草」と「燃ゆる」も「も」を掛けています。このような言葉あそびが散りばめられています。このようなテクニックの上手さに感心するとともに、青々としたヨモギが茂っている京都からはるか離れた東国の山の香り、と自分の秘めた恋心を比較している、実方の爽やかな気性も感じられる和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  藤原実方は、いまから1050年ほど前の貴族です。多くの女性と華やかな恋愛をしたそうで、『源氏物語』の主人公である光源氏(ひかるげんじ)のモデルのひとりとも考えられています。『枕草子』の作者で、第62番の歌人である清少納言(せいしょうなごん)とも交流があったといわれています。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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