ポイント解説71番~80番

point-1待賢門院堀河(たいけんもんいんほりかわ)

第80番
待賢門院堀河
(たいけんもんいんほりかわ)

長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは ものをこそ思へ


☆ ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ
★ ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたのお心が、末長くお変わりにならないかどうかもわからないのに、ご一緒してしまいました。わたしの心は、この寝乱れた長い黒髪のように乱れて、今朝はもの思いに沈んでいることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  ずっとお付き合いできるかどうか約束をもらったわけではないのに、一晩を共にしてしまった女性の心のうちを詠んだ和歌です。皆さんにはまだ少し難しい内容かもしれませんが、相手のことがとても好きで、でも相手は自分のことを同じように好きでいてくれているかわからないとき、それでも側にいたくなることがあるかもしれません。そんなときがきたら、この和歌を思い出してください。一時の幸せのために選んだ行動が、この堀河のように、あなたを悩ませ、もしかしたら後悔をさせるかもしれませんから。

小倉百人一首_作者タイトルについて  待賢門院堀河は、いまから900年ほど前の宮廷女官です。右大臣源顕房(うだいじんみなもとのあきふさ)の孫で、神祇伯源顕仲(じんぎはくみなもとのあきなか)の娘です。はじめ、前斎院令子内親王(さきのさいいんれいしないしんのう)に仕えて前斎院六条(さきのさいいんろくじょう)と呼ばれていましたが、第77番の歌人である崇徳院(すとくいん)の母后待賢門院藤原璋子(たいけんもんいんふじわらのしょうし/たまこ)に仕えてからは堀河と呼ばれるようになりました。待賢門院の出家に伴い、一緒に尼になりました。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


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point-2左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)

第79番
左京大夫顕輔
(さきょうのだいぶあきすけ)

秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の かげのさやけさ


☆★ あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづる かげのさやけさ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 秋風に吹かれて、たなびいている雲の切れ間から、もれ出てくる月の光の、なんて清らかで明るいことだろうか。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  秋の夜の、少しひんやりとした風が吹くなか、青白くあたりを照らす月の光をあびているような気がしませんか?見たままの情景をたおやかに詠み込んだ美しい和歌です。

小倉百人一首_作者タイトルについて  左京大夫顕輔は、本名を藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)といいます。いまから、850年ほど前のさほこ地位の高くない官僚です。左京大夫は職名で、都を守る職の最高官でした。和歌を詠むのがとても上手で、歌道(かどう)の六条家(ろくじょうけ)の祖となりました。第84番の歌人である藤原清輔は息子です。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-3源兼昌(みなもとのかねまさ)

第78番
源兼昌
(みなもとのかねまさ)

淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守


☆ あはじしま かよふちどりの なくこへに いくよねざめぬ すまのせきもり
★ あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 淡路島を行き来する千鳥のもの哀しい鳴き声を聴いて、幾夜目を覚ましたことでしょう。あの須磨の関守は?

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  須磨の関守とは、現在の兵庫県神戸市須磨区にあった関所の番人のことです。波音に混ざって聴こえてくる千鳥の鳴き声は、なんとも寒々しくもの哀しいものだったのでしょう。兼昌の旅の経験から詠まれたものでしょうか。関守に思いを馳せていることが、より故郷から離れた旅情感が漂っているように感じます。

小倉百人一首_作者タイトルについて  源兼昌は、いまから900年ほど前のさほど地位の高くない官僚です。後に出家しました。和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-4崇徳院(すとくいん)

第77番
崇徳院
(すとくいん)

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ


☆ せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすゑに あはむとぞおもふ
★ せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あわんとぞおもう


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 浅瀬の流れが速くて、岩にせき止められている滝川が2つにわかれてもまた合流するように、仲を裂かれて別れさせられても、将来はきっと、必ず逢おうと思う。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  どんな理由で別れなければならなかったのでしょうか。それでも想い続ける恋心の強さ、激しさが、急流の情景とともに、押し寄せてくるようではありませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  崇徳院は、崇徳天皇(すとくてんのう)という、いまから850年ほど前の天皇です。「院」とは退位した後の呼び名です。5歳で即位し、23歳で弟の近衛天皇(このえてんのう)へ譲位しました。しかし、この譲位は院の意思に叶ったものではありませんでした。37歳のとき、院の皇位継承への不満や、貴族たちの利害の不一致で争いが起こり、負け方となった院は、讃岐国(さぬきのくに/現在の香川県)へ流され、二度と都へ戻ることなく、46歳で亡くなりました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-5法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)

第76番
法性寺入道前関白太政大臣
(ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん)

わたの原 こぎいでて見れば ひさかたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波


☆ わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ
★ わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもいにまごう おきつしらなみ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 ひろびろとした大海原に、舟を漕ぎ出して、あたりを見渡すと、はるかかなたの水平線は海と空がひとつに溶け合って、雲と見間違えてしまうような沖の彼方の白波だなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  ひろびろと、どこまでも青い海と空が目の前に広がっているような和歌ですね。時の権力者に相応しい、おおらかで堂々とした和歌ではありませんか?

小倉百人一首_作者タイトルについて  法性寺入道前関白太政大臣は、本名を藤原忠通(ふじわらのただみち)です。いまから900年ほど前の貴族で、大臣の最高位である太政大臣に2度、幼少の天皇の補佐をする摂政(せっしょう)に2度、成人した天皇の補佐をする関白にも3度、任ぜられました。
関白と太政大臣を務めてた忠通が出家をして、法性寺(現在の京都市東山区)に隠居したことから、法性寺入道前太政大臣と呼ばれています。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-6藤原基俊(ふじわらのもととし)

第75番
藤原基俊
(ふじわらのもととし)

ちぎりおきし させもが露を いのちにて あはれことしの 秋もいぬめり


☆ ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり
★ ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あわれことしの あきもいぬめり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 お約束くださった、「わたしを頼りにしなさい」と詠まれた「させも草」におく恵みの露のようなお言葉をいのちのように大切にしてまいりましたのに、ああ、残念なことに今年も秋は過ぎ去ってしまいますよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  この和歌は、基俊の息子である僧都光覚(そうずこうかく)が、維摩会(ゆいまえ)という法会の名誉な役である講師(こうじ)に選ばれないことを悲嘆して詠んだものです。藤原氏の最高権力者で、第76番の歌人でもある藤原忠通(ふじわらのただみち)が、以前、清水寺の観音さまにお参りしたときに「なほ頼め しめぢが原の させも草 わが世の中に あらむかぎりは(わたしを頼りにしなさいよ。みなの幸せを願って、大願をたてているのだからね。わたしが生きている間は安心ですよ)」と詠んだのを受けて、忠通に送ったのだそうです。どの時代も子供を思う親の気持ちは切ないですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  藤原基俊は、いまから900年ほど前の貴族です。父親は右大臣で、家柄の良い子息でしたが、傲慢な性格だったとの記録も残っていますが、そのせいか官位は高くなりませんでした。しかし、和歌を詠むのはとても上手だったそうです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)

第74番
源俊頼朝臣
(みなもとのとしよりあそん)

憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを


☆★ 受かりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 つれなかったあの人をわたしに振り向かせてください、と初瀬の観音さまにお祈りしましたが、初瀬山の山おろしの激しさのように、この恋のつらさまで激しくなるように、とは祈らなかったのになぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  初瀬の観音さまは、現在の奈良県桜井市にある長谷寺(はせでら)の観音さまで、多くの尊崇を集めていました。観音さまに恋の成就をお祈りせずにはいられないほど、恋焦がれた相手はどんな女性だったのでしょうね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  源俊頼は、いまから900年ほど前の貴族です。第71番の歌人である源経信(みなもとのつねのぶ)の息子です。地位はさほど高くはなりませんでしたが、三代の天皇に仕え、和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-8前中納言匡房(さきのちゅうなごんまさふさ)

第73番
前中納言匡房
(さきのちゅうなごんまさふさ)

高砂の 尾上の桜 咲きにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ


☆ たかさごの おのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ
★ たかさごの おのえのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなん


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 はるかかなたに見える山の峰に桜が咲いたなぁ。その桜が見えなくなると困るから、人里近い山の霞よ、どうか立ち込めないでおくれ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  「高砂」・「尾上」・「とやま」は地名ではなく、それぞれ、「山」・「山の頂上」・「人里に近い山」という意味です。遠くに見える山が新緑のなかで、ほんのりとピンクに色づいている風景が目に浮かぶようですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  前中納言匡房は、本名を大江匡房(おおえのまさふさ)といいます。仲が良くてからかわれた大江匡衡(おおえのまさひら)と第59番の歌人である赤染衛門(あかぞめえもん)の曾孫にあたります。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-9祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)

第72番
祐子内親王家紀伊
(ゆうしないしんのうけのきい)

音にきく 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ


☆★ おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 噂に名高い高師の浜(現在の大阪府高石市にある浜)の大げさに騒々しく立つ波のように、浮気と名高いあなたに気をつけないと、波で袖が濡れるように、涙で袖を濡らすことになってしまいそうで困りますわ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  歌合(うたあわせ)で、藤原俊忠(ふじわらのとしただ)が詠んだ「人知れぬ 思ひありその 浦風に 波のよるこそ いかまほしけれ」の返歌です。俊忠が、「人知れず思っていることがあるのですよ。有磯海(ありそのうみ/現在の富山湾のこと)の激しい浦風に波が寄せるように、激しい恋心を抱いているのです。夜にあなたを訪れて、この恋心を告げたいものです。」歌合なので、お互い本気ではないと思いますが、この和歌がやりとりされたとき、伊勢は70歳くらい、俊忠は29歳だったそうです。年齢に関係なく、こんなウィットに飛んだやりとりができるなんて素敵ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  祐子内親王は、後朱雀天皇(ごすざくてんのう)の皇女です。紀伊は、この内親王にお仕えしていた侍女です。その生涯は詳しくわかっておらず、紀伊という呼び名は、紀伊守だった藤原重経(ふじわらのしげつね)が兄だったから、とも夫だったから、ともいわれています。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-10大納言経信(だいなごんつねのぶ)

第71番
大納言経信
(だいなごんつねのぶ)

夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く


☆ ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく
★ ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしのまろやに あきかぜぞふく


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 夕方になると、門の前の田んぼの稲の葉が、そよそよと葉ずれの音をさせて、葦葺きの粗末な家に、秋風が吹いているよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  秋の乾いた空気が感じられるような和歌です。高く澄んだ空に、赤とんぼが飛んでいるかもしれませんね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  大納言経信は、本名を源経信(みなもとのつねのぶ)といいます。いまから900年ほど前の貴族です。大納言は職名で、大臣に次ぐ地位でした。当代一の歌人と称えられ、漢詩をつくるのや、琵琶を弾くのも上手でした。第74番の歌人である源俊頼(みなもとのとしより)は息子です。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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