ポイント解説81番~90番

point-1殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)

第90番
殷富門院大輔
(いんぷもんいんのたいふ)

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず


☆ みせばやな おじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず
★ みせばやな おじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかわらず


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 涙に濡れて、色の変わったわたしの袖をお見せしたいものですよ。雄島(現在の宮城県の名所である松島のなかの島のひとつ)の漁師の袖ですら、たくさん濡れても、わたしの袖のようには色は変わらないでしょうに。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  なぜ、京都に住んでいる女官の和歌に、宮城県の島が出てきたのか不思議には思いませんか?この和歌は、歌合(うたあわせ)のときに、「松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくはぬれしか(松島の雄島の磯で漁をした漁師の袖くらいですよ。わたしの袖のようにこんなにも袖を濡らしたのは。わたしは恋の涙で袖を濡らしているのですがね)」という和歌を踏まえて(これを「本歌取り(ほんかとり)」といいます)詠まれたものです。本歌の作者は、第48番の歌人である源重之(みなもとのしげゆき)です。大輔の和歌は、重之の本歌よりもさらに大げさな言い回しになっていますが、それもまた、女性の悩み深い様子が伝わっているように感じます。

小倉百人一首_作者タイトルについて  殷富門院大輔は、いまから850年ほど前の宮廷女官です。後白河天皇(ごしらかわてんのう)の第一皇女である殷富門院亮子内親王(いんぷもんいんないりょうしないしんのう)に仕えました。藤原信成(ふじわらののぶなり)というさほど地位の高くない官僚の娘です。当代一流の女流歌人でした。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


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point-2式子内親王(しょくしないしんのう)

第89番
式子内親王
(しょくしないしんのう)

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば しのぶることの 弱りもぞする


☆ たまのおよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする
★ たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 いのちよ。絶えてしまうのなら、はやく絶えてしまっておくれ。このまま生きていたら、耐えて忍んでいる心が弱ってしまって、わたしの恋心が知られてしまうのですよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  優雅な生活を送る、その心の奥底にひっそりと秘められた激しい恋心に、息が詰まるような和歌ですね。伝えられない恋心を持つということは、どんなにか切ないことでしょう。みなさんの恋愛が、明るく楽しいものであることを祈っていますが、もし、人には言えない想いを抱えたときには、この和歌がきっとあなたの慰めになるでしょう。

小倉百人一首_作者タイトルについて  式子内親王は、後白河天皇(ごしらかわてんのう)の第三皇女です。11歳のときに賀茂神社に仕える賀茂斎院(かものさいいん)に任ぜられましたが、21歳のとき、病のため退下されました。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)は、内親王家にお仕えする家司(けいし)でした。また、定家の父で、第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)に和歌を学びました。定家は、和歌を詠むのがとても上手で、当時を代表する女流歌人です。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-3皇嘉吉門院別当(こうかもんいんのべっとう)

第88番
皇嘉吉門院別当
(こうかもんいんのべっとう)

難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき


☆ なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき
★ なにわえの あしのかりねの ひとよゆえ みをつくしてや こいわたるべき


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 たった一晩の出会いで、恋に落ちてしまい、恋の悩みに苦しむことになってしまった歌人のせつない心が詠われています。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  難波の入江(現在の大阪市の海辺)の刈られた葦の刈り根のひと節のような、短い旅の仮寝の一夜の出会いのために、難波江にぽつぽつとみえる航路を示す杭である「澪標(みおつくし)」のことばのように、この身をつくし命をかけてあなたを恋いつづけなければならないのでしょうか。

小倉百人一首_作者タイトルについて  皇嘉門院別当は、いまから850年ほど前の宮廷女官です。崇徳天皇(すとくてんのう)の皇后である皇嘉門院藤原聖子(こうかもんいんふじわらのせいし/きよこ)に仕えました。太皇太后宮亮源俊隆(たいこうたいごうぐうのすけみなもとのとしたか)の娘と伝わるのみで、その生涯は詳しくわかっていません。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-4寂蓮法師(じゃくれんほうし)

第87番
寂蓮法師
(じゃくれんほうし)

むらさめの 露のもまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ


☆ むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ
★ むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆうぐれ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 にわか雨のしずくもまだ乾ききらない美しい木の葉のあたりに、霧がほのかにたちのぼっている、もの寂しい秋の夕暮れですよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  雨があがった後の、清浄な山の空気が香るような和歌ですね。真木とは美しい立派な木という意味です。多くは檜(ひのき)を示すようです。静かな秋の夕暮れの一風景ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  寂蓮法師は、本名を藤原定長(ふじわらのさだなが)といいます。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)の父方の叔父である阿闍梨俊海(あじゃりしゅんかい)の息子なので、定家の従兄弟にあたります。幼い頃に、定家の父で、第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)の養子になりました。しかし、俊成に定家の兄や定家が生まれたため、30代なかばで出家しました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-5西行法師(さいぎょうほうし)

第86番
西行法師
(さいぎょうほうし)

なげけとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな


☆ なげけとて つきやはものを おもはする かこちがおなる わがなみだかな
★ なげけとて つきやはものを おもはする かこちがおなる わがなみだかな


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 嘆きなさい、といって月はわたしにもの思いをさせるのだろうか。いやそうではないのです。わかっているのに、月のせいにしてしまうわたしの涙ですよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  若くして俗世を捨てて、心の平安を手にしたはずなのに、涙が流れてしまうのはなぜでしょう。この和歌のタイトルは「月によする恋」とあります。これは、特定の人物に対する恋ではなくて、世の中そのもの、人間すべてに対する愛着だと考えてよいと思います。

小倉百人一首_作者タイトルについて  西行法師は、本名を佐藤義清(さとうのりきよ)といいます。鳥羽上皇(とばじょうこう)の御所に仕えた武士でした。23歳で出家し、諸国を旅しました。当時の代表的な歌人で、後世にも多くの影響を与えた美しい和歌をたくさん残しました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-6俊恵法師(しゅんえほうし)

第85番
俊恵法師
(しゅんえほうし)

夜もすがら もの思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり


☆ よもすがら ものおもふころは あけやらで ねやのひまさへ つれなかりけり
★ よもすがら ものおもうころは あけやらで ねやのひまさえ つれなかりけり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 一晩中、つれないあなたのことを想って嘆いているこの頃は、早く夜が明けて欲しいと思うのに、なかなか夜が明けないので、朝日が差し込むはずの寝室の雨戸の隙間さえ、つれないなぁと思うのです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  訪ねてきてくれない、遠のいてしまった恋人を待つ女性の気持ちになって詠んだ和歌と思われます。雨戸の隙間にまで想いを馳せる歌人の想像力の豊かさはすごいですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  俊恵法師は、第74番の歌人である源俊頼(みなもとのとしより)の息子です。東大寺(現在の奈良県にある大仏で有名なお寺)のお坊さんだったといわれていますが、詳しいことはわかっていません。和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)

第84番
藤原清輔朝臣
(ふじわらのきよすけあそん)

ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき


☆ ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
★ ながらえば またこのごろや しのばれん うしとみしよぞ いまはこいしき


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 もし、これから先も生きていることがあるのなら、つらいことの多い今のことを懐かしく思い出すのだろうか。そのときはつらいと思った昔のことが、今では懐かしく思うことがあるのだから。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  過去にどんなつらいことがあったのでしょうか。そして、いままた、つらい思いを抱えているのですね。清輔のつらい経験がどんなものかは、この和歌からは推し量れませんが、これから先、もちろんそんな経験はしないで済むように願っていますが、もし、もう耐えられないと思うような、つらい経験をすることがあったら、この和歌を思い出してみてください。きっと、あなたに勇気をくれると思います。

小倉百人一首_作者タイトルについて  藤原清輔は、いまから850年ほど前の中流貴族です。第79番の歌人である藤原顕輔の息子です。和歌を詠むのが上手でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-8皇太后宮大夫俊成(こうごうぐうだいぶしゅんぜい)

第83番
皇太后宮大夫俊成
(こうごうぐうだいぶしゅんぜい)

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる


☆ よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
★ よのなかよ みちこそなけれ おもいいる やまのおくにも しかぞなくなる


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 世の中には、つらさから逃げる方法は無いのだなぁ。強く決心をして、深い山に入ったのに、こんな山奥でも、やはりつらいことがあるのだろうか、鹿が哀しそうに鳴いているなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  俊成が27歳のときに詠んだ和歌です。俊成が生きた時代は、武士を巻き込んだ権力争いが多くなった時代でした。いままでの秩序が乱れ始め、貴族の力が弱まり、平家が台頭してきた頃です。そんな時代のなか、一中流貴族の俊成は、何もできず、歯がゆい思いをしていたのでしょう。いっそ出家をしてしまおう、と思いつめたこともあったのでしょう。そんな俊成の寂しさ、諦めといった気持ちが、ひしひしと伝わるようではありませんか?

小倉百人一首_作者について  皇太后宮大夫俊成は、本名を藤原俊成(ふじわらのとしなり、俗に「しゅんぜい」と音読されます)といいます。皇太后宮大夫は職名で、皇太后宮をお世話する役所の長官です。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)の父にあたります。第89番の歌人である式子内親王(しょくしないしんのう)の和歌の師となるなど、当時の歌壇の第一人者でした。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-9道因法師(どういんほうし)

第82番
道因法師
(どういんほうし)

思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり


☆ おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり
★ おもいわび さてもいのちは あるものを うきにたえぬは なみだなりけり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 あなたのつれなさを嘆いて嘆いて、とても耐えられないと思っていましたが、それでも耐えて生きつづけているのに、やはり耐えられないつらさに涙がこぼれます。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  どんなにか恋しい相手なのでしょうか。こちらも涙が出そうになりますね。この和歌は、古くから恋を詠んだと解釈されていますが、もっと深く、人間関係や、思いどおりにならない自分の人生への嘆き、と読み取るとさらに興味深いと思います。

小倉百人一首_作者について  道因法師は、俗名を藤原敦頼(ふじわらのあつより)といいます。さほど地位の高くない官僚でしたが、80歳を過ぎた頃に出家をしたようです。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-10後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)

第81番
後徳大寺左大臣
(ごとくだいじのさだいじん)

ほととぎす 鳴きつるかたを ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる


☆★ ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 ほととぎすの鳴き声の聴こえたなぁと思って眺めると、ほととぎすの姿は見えず、ただ明け方の月が空にぼんやりと残っているだけでした。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  ほととぎすは初夏から秋までいて、寒い時期には暖かい国へ渡る渡り鳥です。ですから、この和歌は、その季節のことを詠んだものですね。ほととぎすの鳴き声に、ふと空をふり仰いでみると、そこには明け方の月が、浮かんでいた・・・。朝方のひんやりとした空気が伝わるような和歌ですね。ほととぎすの鳴き声の後の、一瞬の静寂が訪れた気配も目に浮かびませんか?

小倉百人一首_作者について  後徳大寺左大臣は、本名を藤原の実定(ふじわらのさねさだ)といいます。いまから850年ほど前の貴族です。左大臣は職名で、上から二番目の地位の大臣です。徳大寺家の当主なので、徳大寺左大臣と呼ばれていますが、祖父の藤原実能(ふじわらのさねよし)も同じく左大臣で、徳大寺左大臣と呼ばれていたので、区別をするために後徳大寺左大臣と呼ばれています。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)とは、母方の従兄弟にあたります。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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