ポイント解説91番~100番

point-1順徳院(じゅんとくいん)

第100番
順徳院
(じゅんとくいん)

ももしきや ふるき軒ばの しのぶにも なほあまりある 昔なりけり


☆ ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり
★ ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なおあまりある むかしなりけり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 荒れ果てた御所の、古い軒端に生えるしのぶ草のシダの葉を見るにつけて、昔の御所の華やかさ、栄えていたことが、しみじみと偲ばれて、偲んでも偲んでも、まだ偲びきれません。昔の天皇を中心に秩序ただしく治められていた御代のことは。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  天皇を中心として、栄えていた過去を懐かしくも羨ましく思われている気持ちがひしひしと伝わる和歌ですね。武士が台頭し、天皇を中心とした貴族は形ばかりの権威を残して、財政的にも苦しい状況になりました。院の静かな詠みぶりに、さらに哀しさが伝わってはきませんか?


小倉百人一首_作者タイトルについて  順徳院は、いまから800年ほど前の天皇です。第99番の歌人である後鳥羽院(ごとばいん)の第三皇子にあたります。後鳥羽院と鎌倉幕府との争いから、25歳で譲位されました。「院」とは位を退いた後の呼び名です。佐渡ヶ島(現在の新潟県)へ流され、46歳で、その生涯を終えられました。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)に学ばれ、和歌を愛されました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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point-2後鳥羽院(ごとばいん)

第99番
後鳥羽院
(ごとばいん)

人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は


☆ ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは
★ ひともおし ひともうらめし あじきなく よをおもうゆえに ものをもうみは


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 ひとを愛しくも思い、恨めしくも思うのです。思うとおりにならなくてつまらないと、世の中を思うから、いろいろと思い悩むのですよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  挙兵の9年前、33歳のときに詠まれた和歌です。幕府との関係が悪化し、プライド高く、帝王然としたお人柄だったと思われる院にとって、歯がゆく面白くないことが多かったのでしょう。人間への愛憎を素直に吐露された、院のスケールの大きさを感じさせる和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  後鳥羽院は、後鳥羽天皇(ごとばてんのう)という、いまから800年ほど前の天皇です。「院」とは位を退いた後の呼び名です。19歳で譲位した後は、24年間にわたり、天皇を後見する院政(いんせい)を行なって、権力を持っていました。鎌倉幕府との勢力争いから、幕府の権力者北条氏(ほうじょうし)を打倒しようとして挙兵しましたが、失敗し、隠岐(現在の島根県)に流され、60歳の生涯を閉じました。文芸に秀で、和歌も好まれました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-3従二位家隆(じゅにいいえたか)

第98番
従二位家隆
(じゅにいいえたか)

風そよぐ ならの小川の 夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける


☆ かぜそよぐ ならのおがわの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける
★ かぜそよぐ ならのおがわの ゆうぐれは みそぎぞなつの しるしなりける


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 風がそよそよと、楢(なら)の葉に吹きそよぐ、楢の小川(上賀茂神社の前を流れる参拝人が手口を清める御手洗川(みたらしがわ)。現在の京都市にある)の夕暮れは、もう秋のような気配だけれど、ただ、夏越の祓(なごしのはらえ)のために行なわれている禊(みそぎ)が、いまは夏なのだ、というしるしなんだなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  夏越の祓とは、旧暦の6月末に行なわれる神事です。旧暦の6月は現在の7月にあたりますから、ちょうど梅雨も明け、湿度が高く暑い季節です。疫病や病害虫が発生しやすい時期なので、人々の罪や穢れを神さまに祓って、清らかにしていただいたのです。禊とは、神事にかかる前に、水で身を清めることです。いまでも、神社へお参りをするときに、お手水(ちょうず)で、手を洗ったり、口をゆすいだりするでしょう?それは、現在に残る禊の名残です。この和歌は、夏の夕暮れ、少し秋の気配も感じられるようななか、しめやかに禊の儀式が行なわれている様子を詠ったものです。
 『古今六帖』の「みそぎする ならの小川の 川風に いのりぞわたる 下に絶えじと(禊を行なう楢の小川の川風に吹かれながら祈っています。わたしたちの恋が密かに続きますように、と)」と、『後拾遺和歌集』の「夏山の楢の葉そよぐ夕ぐれは今年も秋の心地こそすれ(夏山のなか、楢の葉がそよぐ夕暮れは、今年も秋が来たような気がするなぁ)」の二首を踏まえた本歌取り(ほんかとり)しています。

小倉百人一首_作者タイトルについて従二位家隆は、本名を藤原家隆(ふじわらのいえたか)といいます。第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)に和歌を学び、この「小倉百人一首」を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)と並び称されるほどの歌人でした。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-4権中納言定家(ごんちゅうなごんていか)

第97番
権中納言定家
(ごんちゅうなごんていか)

こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ


☆ こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ
★ こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに やくやもしおの みもこがれつつ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 いつまでも来ないあなたを待つわたしは、あの松帆の浦(現在の淡路島の北端の岩屋海岸)で、夕方に海が凪いでいる頃に塩を作るために焼く藻塩のように、身を焼かれるように恋焦がれていることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  『万葉集』の「名寸隅(なきすみ)の 舟瀬ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海人娘子 ありとは聞けど 見に行かむ よしのなければ ますらをの 心はなしに たわや女の 思ひたわみて たもとほり 我れはぞ恋ふる 舟楫(ふなかぢ)をなみ(松帆の浦で、朝は玉藻を刈り、夕方には藻塩を焼く乙女がいると聞いたので、ぜひ逢いたいのだが、わたしには舟も楫も無いので、ただうろうろと恋焦がれるばかりです)」という長歌を本歌としたものです。本歌から意味に奥行きをもたせ、言葉の技巧もこらした、定家ならではの成熟した美しい和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  権中納言定家は、本名を藤原定家(ふじわらのさだいえ)といいます。この「小倉百人一首」を選んだ歌人です。第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)は父親です。和歌を読むのが上手で、また和歌の研究にも熱心だったので、歌学者としても重んぜられました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-5入道前太政大臣(にゅうどうさきのだいじょうだいじん)

第96番
入道前太政大臣
(にゅうどうさきのだいじょうだいじん)

花さそふ あらしの庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり


☆ はなさそふ あらしのにはの ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり
★ はなさそう あらしのにわの ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 桜の花を誘って散らす嵐の吹く庭の、雪のような花びらではなくて、年老いて古びていくのは、この我が身だなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  この時代、特に記されなければ、「花」といえば「桜の花」のことでした。桜の花びらが降り散ることと、身が古びる、「ふる」を掛けた、老人の和歌です。桜の花びらが風に振り散る美しい光景を詠みながら、公経は、しみじみと我が身の老いを感じていたのでしょうね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  入道前太政大臣は、本名を西園寺公経(さいおんじきんつね)といいます。入道とは、出家した、という意味です。太政大臣は職名で、大臣の最高位です。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)の妻の弟にあたります。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-6前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん)

第95番
前大僧正慈円
(さきのだいそうじょうじえん)

おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖


☆ おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで
★ おおけなく うきよのたみに おおうかな わがたつそまに すみぞめのそで


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 我が身には過ぎたことだとは思いますが、この世の中の人々の幸せを祈りながら、この法衣の袖を人々に掛けましょう。この比叡山で僧侶となり、法衣に袖を通すことになったわたしなのですから。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  慈円は、11歳のときから比叡山延暦寺の最高位である座主(ざす)覚快法親王(かくかいほっしんのう)の弟子となりました。そして、晴れて13歳で出家、その後も比叡山で研鑽を積み、38歳のときに、はじめて座主となり、その生涯で4度の座主を務めた延暦寺とは深い関係のあるお坊さんです。この和歌を慈円が何歳のときに詠んだのかはわかりませんが、僧侶としての心得と、仏教の最高峰である比叡山に在籍をしているという自負が、緊張感をもって伝わってきます。きっと、若き日の慈円の和歌なのでしょう。

小倉百人一首_作者タイトルについて  前大僧正慈円は、いまから800年ほど前のお坊さんです。第76番の歌人である藤原忠通(ふじわらのただみち)の息子で、第91番の歌人である藤原良経(ふじわらのよしつね)の叔父にあたります。天皇の補佐をする摂政・関白や最高位である太政大臣を多く出した名家の出身です。13歳で出家しました。大僧正は、僧侶の最高位です。僧侶として尊敬を集めながら、和歌を詠むのも上手でした。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-7参議雅経(さんぎまさつね)

第94番
参議雅経
(さんぎまさつね)

み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり


☆★ みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 吉野(現在の奈良県南部。古来より天皇の離宮が営まれ、多くの天皇が旅をした地です)の山から秋風が吹き降ろすなか、夜更けの吉野の古都の里では、衣を柔らかくするために打つ砧(きぬた)の音が、寒々としたなか聴こえてくるようです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  「み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり(吉野山に白雪が積もったようです。古都の里はますます寒くなるようです)」という『古今集』の和歌を踏まえて(本歌取り/ほんかとり)います。寒々とした山里に、ひときわ響く砧の音が、より静かさと寒さを助長させるような和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  参議雅経は、本名を飛鳥井雅経(あすかいまさつね)といいます。いまから800年ほど前の中流貴族です。父親の難波頼経(なんばよりつね)が、源義経(みなもとのよしつね)と親しかったため、義経が追討されると、頼経・雅経親子も鎌倉へ護送されました。しかし、和歌や蹴鞠の上手だった雅経は将軍源頼朝(みなもとのよりとも)に重用され、鎌倉幕府の重臣である大江広元(おおえのひろもと)の娘を妻に迎えました。28歳のとき、罪を赦され、京都に帰った後は、京都御所と鎌倉幕府の連絡係として活躍しました。

注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-8鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)

第93番
鎌倉右大臣
(かまくらのうだいじん)

世の中は つねにもがもな なぎさこぐ あまのをぶねの つなでかなしも

☆ よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのをぶねの つなでかなしも) ★ よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのおぶねの つなでかなしも


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 この世が、ずっと変わらなければよいのになぁ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟が、引き綱を引いていく様子が、しみじみと心が動かされることです。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  『万葉集』の「河の上の ゆつ岩むらに 草むさず 常にもがもな 常処女にて(河のほとりの岩に苔が生えずいつまでも清らかなように、永遠の処女としてあって欲しいものです)」と、『古今集』の「みちのくは いづくはあれど 塩釜の 浦こぐ舟の 綱手かなしも(道の奥と呼ばれる東北地方は、どこも趣があるけれど、そのなかでも塩釜の浦を漕いでいく舟の綱手を引く様子は特に趣があるものだなぁ)」という二首の古歌を本歌取り(ほんかとり)しています。本歌のある和歌ですが、留まることをしらない世の中の変化への嘆きが、鎌倉の海辺に暮らす実朝によって、臨場感を持って詠みあげられています。

小倉百人一首_作者タイトルについて  鎌倉右大臣は、本名を源実朝(みなもとのさねとも)といいます。鎌倉幕府の第三代将軍です。鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)にいましたが、京都の文化に憧れ、この「小倉百人一首」を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)に和歌を学びました。将軍職とともに、大臣の三番目の地位である右大臣にも任ぜられましたが、28歳の若さで、甥の公暁(くぎょう)に殺されました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


point-9二条院讃岐(にじょういんのさぬき)

第92番
二条院讃岐
(にじょういんのさぬき)

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね かはくまもなし


☆ わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かはくまもなし
★ わがそでは しおひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 わたしの袖は、引き潮のときにも海のなかにあって姿の見えない沖の石のように、誰に知られることもなく、恋の涙で乾くひまもありません。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  涙で濡れた袖を海中の石にたとえるなんて、どれだけ涙を流したのでしょう。この見事な和歌によって、讃岐は、「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになったそうです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  二条院讃岐は、いまから800年ほど前の宮廷女官です。歌人として名高い源頼政(みなもとのよりまさ)の娘です。二条天皇(にじょうてんのう)に仕えました。二条院の崩御後、後鳥羽天皇中宮(ごとばてんのうちゅうぐう)である宜秋門院九条任子(ぎしゅうもんいんくじょうにんし)に仕えました。歌合(うたあわせ)に多く呼ばれ、歌人として厚遇されました。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。


point-10後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)

第91番
後京極摂政前太政大臣
(ごきょうごくせっしょうさきのだいじょうだいじん)

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む

☆ きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ
★ きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねん


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 こおろぎ(きりぎりすはこおろぎの古名)がしきりに鳴いている、この霜の降りた寒い夜のなか、寒々とした筵(むしろ)に、衣を着たまま片袖だけ敷いて、わたしはひとり寂しく寝るんだなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  時の最高位にある良経が、筵のうえで寝るということはないので、これは古歌を受けて詠まれた和歌です。本歌は、『伊勢物語』の「さむしろに 衣かたしき 今宵もや 恋しき人に あはでのみ寝む(寒々とした筵に、衣を着たまま片袖を敷いて、今夜もまた恋しいあなたに逢わないで寝るのだなぁ)」と、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の第3番、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む(山鳥の長く垂れ下がっている尾のように長い長い夜を愛するひとと離ればなれになって、ひとり寂しく寝るのだろうなぁ)」の二首です。良経の和歌の教養の深さと、体験していない世界を詠む想像力の深さは、現代に生きるわたしたちも見習いたいところです。

小倉百人一首_作者タイトルについて  後京極摂政前太政大臣は、本名を藤原良経(ふじわらのよしつね)といいます。いまから800年ほど前の貴族です。五代前の藤原師実(ふじわらのもろざね)も京極殿と呼ばれましたので、区別をするために後京極殿と呼ばれています。土御門天皇(つちみかどてんのう)を補佐する摂政に、そして大臣の最高位である太政大臣にまでのぼりましうたが、38歳で亡くなりました。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)は良経の家である九条家(くじょうけ)の仕える家司(けいし)でした。また、定家の父で、第83番の歌人である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)は、良経の和歌の師でした。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。


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