解説清少納言(せいしょうなごん)

  • Yahoo!ブックマークに登録する
  • はてなブックマークに登録する
  • livedoorクリップに登録する
  • FC2ブックマークに登録する
  • Buzzurlブックマークに登録する
  • del.icio.usブックマークに登録する
  • ニフティクリップに登録する
第62番
清少納言
(せいしょうなごん)

夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ


☆ よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ
★ よをこめて とりのそらねは はかるとも よにおおさかの せきはゆるさじ


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 夜が明けないうちに、夜明けを告げる鶏の鳴き声をまねて、わたしをだまそうとしても、鶏の鳴き声をまねて門が開いた函谷関(かんこくかん)ならともかく、あなたとわたしの間にある逢坂関は開きませんよ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  頭の回転が良くて、さっぱりした性格だったらしい清少納言は、男友達がたくさんいたそうです。そのなかのひとり藤原行成(ふじわらのこうぜい)と夜更けまで、清少納言の部屋で話をしていたのですが、「もうこんな時間になってしまった」と言って、夜中の2時頃に行成は帰ってしまいました。朝になって、「昨晩は、鶏が鳴いたものだから急いで帰りました」と手紙を送ってきたので、清少納言は「孟嘗君(もうしょうくん)の鶏ね」と返しました。「孟嘗君の鶏」とは、いまから2000年以上も前の中国の故事です。孟嘗君は中国の政治家でしたが、ある時、捕らえられ殺されそうになり、逃げていました。函谷関を通れれば助かるのですが、この関は夜明けの鶏が鳴かないと明けてくれません。そこで、孟嘗君に仕えていた家来のひとりで鶏の鳴き声の上手なものにまねをさせ、命からがら関を通ることができたのです。嘘がばれてもへこたれない行成は、「あれは函谷関のことでしょう?わたしたちが忍び逢うのは逢坂関のことですよ」と返します。そこへ清少納言が返したのが、この和歌です。「わたしは函谷関のようにだまされて、開いたりしませんよ」と答えているのです。漢籍の教養を駆使した、清少納言の頭の良さがわかる和歌ですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  清少納言は、いまから1000年ほど前の宮廷女官です。第36番の歌人である清原深養父(きよはらのふかやぶ)は曽祖父、第42番の歌人である清原元輔(きよはらのもとすけ)は父にあたります。一条天皇の(いちじょうてんのう)皇后である藤原定子(ふじわらのていし)に仕えました。『枕草子』の作者としても有名です。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。

TOPPAGE  TOP