解説僧正遍昭(そうじょうへんじょう)

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第12番
僧正遍昭
(そうじょうへんじょう)

天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ


☆ あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ
★ あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめん


小倉百人一首_僧正遍昭(そうじょうへんじょう) 小倉百人一首_僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の意味 空を吹く風よ。天女が還るという雲の道を吹き閉ざしておくれ。天女のように美しい舞姫の姿をもう少しこの地上に留めておきたいのだよ。

小倉百人一首_僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の鑑賞  宮中の儀式のひとつ、「五節の舞姫(ごせちのまいひめ)」を詠った和歌です。陰暦11月(現在の10月ごろ)に行なわれる「豊明節会(とよあかりのせちえ)」のなかで、五人の舞姫が舞を舞うものがありました。舞姫は天女の衣装を着て舞ったそうです。色とりどりの衣装をひらめかせ、優美に舞う舞姫の姿を目の前にして、遍昭も「綺麗だなぁ」と眺めていたに違いありません。お坊さんなのに、綺麗な女の人を和歌に詠むなんて、遍昭は、なかなか自由な人だったようですね。

小倉百人一首_作者タイトルについて  僧正遍昭は、本名を良岑宗貞(よしみねのむねさだ)といいます。いまから1200年ほど前の貴族で僧侶です。京都に都を移し、平安京を造った桓武天皇(かんむてんのう)の孫にあたります。従兄弟にあたる仁明天皇(にんみょうてんのう)にお仕えしていましたが、天皇が亡くなられたとき、35歳で出家してからは、遍昭と名乗り、その血筋と仏教の普及に努めたことから、僧正という高い地位になりました。第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人『六歌仙』のひとりにも選ばれています。第21番の歌人である素性法師(そせいほうし)は息子です。


注)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

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