解説皇太后宮大夫俊成(こうごうぐうだいぶしゅんぜい)

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第83番
皇太后宮大夫俊成
(こうごうぐうだいぶしゅんぜい)

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる


☆ よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる
★ よのなかよ みちこそなけれ おもいいる やまのおくにも しかぞなくなる


小倉百人一首_タイトル 小倉百人一首_タイトルの意味 世の中には、つらさから逃げる方法は無いのだなぁ。強く決心をして、深い山に入ったのに、こんな山奥でも、やはりつらいことがあるのだろうか、鹿が哀しそうに鳴いているなぁ。

小倉百人一首_タイトルの鑑賞  俊成が27歳のときに詠んだ和歌です。俊成が生きた時代は、武士を巻き込んだ権力争いが多くなった時代でした。いままでの秩序が乱れ始め、貴族の力が弱まり、平家が台頭してきた頃です。そんな時代のなか、一中流貴族の俊成は、何もできず、歯がゆい思いをしていたのでしょう。いっそ出家をしてしまおう、と思いつめたこともあったのでしょう。そんな俊成の寂しさ、諦めといった気持ちが、ひしひしと伝わるようではありませんか?

小倉百人一首_作者について  皇太后宮大夫俊成は、本名を藤原俊成(ふじわらのとしなり、俗に「しゅんぜい」と音読されます)といいます。皇太后宮大夫は職名で、皇太后宮をお世話する役所の長官です。この『小倉百人一首』を選んだ藤原定家(ふじわらのていか)の父にあたります。第89番の歌人である式子内親王(しょくしないしんのう)の和歌の師となるなど、当時の歌壇の第一人者でした。


注1)☆は旧仮名遣い、★は現代仮名遣いよみです。
旧仮名遣いは、仮名のとおりに発音しないものがあるので連記します。
市販されている百人一首カルタは、☆表記になっていますので、☆と★を見比べながら、読んでみてください。

注2)女性は、本名すら伝わることも稀なので、正確な読み方もわからない場合が多いです。混乱を避けるため、女性の名前は一般的に音読みされます。訓読みが浸透している女性のみ訓読みも記すことにします。

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